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意外と知らない?七草粥の起源や七草の種類と気になる効用の豆知識

お正月に、おせち料理やおもちを食べ過ぎたり、お酒を飲み過ぎたりして、胃腸の調子が悪くなっていませんか?
1月7日というと、昔から七草粥を食べることで邪気を払い、病気をしないと信じられています。
「何で草の入ったお粥なんて食べないといけないんだろう」「迷信じゃないの?」など思われる方も多いかと思いますが、この機会に起源などについても詳しく知っておきましょう。

というわけで、起源や七草について本格的にとことん研究・調査してきましたので、ちょっとディープな雑学コラムとして楽しんでいただけると幸いです!

七草粥は中国の南北朝時代から存在していた

七草粥は日本古来の風習かと思いきや、実は平安時代初期に中国から伝わったものなのです。
南北朝と呼ばれる時代(5~6世紀頃)、中国は華北(北朝)と江南(南朝)に分裂していていました。「七草粥」の元となる風習は、この時代の南朝の梁(502~557)という国の記録に残っています。

宗懍(そうびん)という人が、中国南方の荊楚地方(長江中流域)の年中行事を記した『荊楚歳時記(けいそさいじき)』には、下記のような記述があります。

「正月七日を人日(じんじつ)となし、七種の菜をもって羹(こう:あつもの)をつくる」
(正月7日を「人の日」として、この日に七種の若菜で羹(あつもの)をつくるという意味)

羹(あつもの)ってなに? なぜ食べたの?

羹というのは、魚・鳥の肉や野菜を入れた熱い汁物のことです。汁物全般を意味する「湯(タン)」よりも、「羹(コウ)」は、とろみのある滑らかな食感のスープに用いられます。

この「七種菜羹」とされる汁物を食すことで、年中無病でいられると信じられていました。また、唐の時代には官吏昇進の日が1月7日であったことから、その日の朝に七種菜羹を食べ、無病息災だけでなく立身出世も願ったそうです。朝に食べるという謂れは、このあたりからも来てそうですね。

五節句の一つ、正月七日の人日とは?

五節句の1番目の節句「人日」は、陰暦の1月7日にあたります。
人日については、魏の董勛(とうくん)が記した『問礼俗』に「正月一日を鶏とし、二日を狗(いぬ) 、三日を羊、四日を猪、五日を牛、六日を馬、七日を人とするとあり、その日はそれぞれの家畜の殺生を行わず、大切に扱ったことが書かれています。7日は人の日ということで、その日は罪人への刑罰も与えなかったとされています。

枕草子にも記述あり!平安時代には宮中行事だった

枕草子と七草粥
日本に「七種菜羹」の風習が伝わった時期には諸説ありますが、記録として残っているのは、平安初期の延暦23年(804年)の『皇太神宮儀式帳』が最初です。これは皇大神宮の行事・儀式などについて記した文書で、「七日  新菜(わかな)の御羹(おあつもの)作奉(つくりたてまつる)」という記述が見られます。

醍醐天皇の延喜十一年(911年)にも、「正月七日に七種の若草を供す」との記録があり、清少納言の『枕草子』にも、「七日の若菜」と書かれている事から、平安時代には既に年中行事として確立されていたことが伺えます。

七種(ななくさ)粥は七種の穀物粥? 小正月や小豆粥との関係

小豆粥
さて、先ほど中国での起源にもあったように、1月7日に食べるものは最初は粥ではなく七種類の菜を入れただけのシンプルな汁物でした。ちなみに「七種菜羹」とは別にもう一つ、「七種粥(ななくさがゆ)」と呼ばれるものが存在していました。
米、粟、黍(きび)、稗(ひえ)、蓑米(みの)、胡麻、小豆の7種の穀類が入った七種粥(ななくさがゆ)のことで、これを正月15日に食すという風習が日本にはあったのです。

七種菜羹とは別物です

これについては平安時代の延長5年(927年)に完成した法令集『 延喜式 』に「正月十五日の供御の七種の粥料」として材料や穀物の種類など詳しい記述が見られます。「ななくさがゆ」という名前は同じですが、7日に食す「七種菜羹」とは実は全く別物だったのです。

小豆粥の風習も中国が起源

なお一般の官人には、米に小豆を入れた「御粥」をたまわっていたとあり、後の承平5年(935)頃に書かれたとされる『土佐日記』からも、正月十五日の所に「小豆粥」を食べる風習があったことがわかります。もともとこの「小豆粥」も中国から伝わった厄除けの風習で、1月7日の七草粥ほどポピュラーではないものの、現代でも小正月である1月15日に小豆粥や小豆雑煮を食べる習慣は全国各地に残っています。

七草「粥」になったのはいつから?「若菜摘み」との関係は?

若菜摘み
中国から日本に伝わった「七種菜羹」の風習は、奈良時代くらいからあったとされる「若草摘み」の風習と深く結びついていきます。
「万葉集」「古今集」などの和歌や、「土佐日記」「枕草子」などにも見られる「若菜摘み」とは、正月初めの子(ね)の日に、貴族たちが楽しんだ野遊びです。小松の根引き(小松引き)や若菜摘みなどが行われ、縁起の良い松の寿を身につけたり、初春の若返りの植物と考えられていた若菜を羮(あつもの)にして食すことでその年の邪気を払おうとしたものと思われます。

若菜のうち、現在の「春の七草」と同じ植物の名前が見られるのは、鎌倉初期頃に成立されたとされる「年中行事秘抄」で、「中国の『金谷園記(きんこくえんき) 』という文献によれば、正月七日は七種の菜で羹(あつもの)を作って食べる」という記述も見られます。

江戸時代に入ると、「五節句」の一つに数えられるようになります。幕府でも公式行事として、正月7日に「七草粥」を食べるようになり、これが一般庶民にも普及しました。

七草粥の七草の種類と、主な効用とは

一般的に七草粥の七草は「春の七草」と呼ばれるものです。(秋の七草もありますが、間違って召し上がらないようご注意くださいね)
七草の種類と効用
芹(せり) ……香りがよく、食欲増進の効果があります。
薺(なずな) ……(別称はペンペン草)。熱を下げる、利尿作用などがあります。
御形(ごぎょう) ……風邪予防や解熱効果もあります。
繁縷(はこべら) ……目によいビタミンAが豊富で、腹痛にも効きます。
仏の座(ほとけのざ) ……(田平子とも言う)食物繊維が豊富。胃腸を整え・解熱・解毒作用にも優れています。
菘(すずな) ……蕪のこと。ビタミンが豊富。利尿効果があり、便秘の時にはお通じを良くしてくれます。
蘿蔔(すずしろ) ……大根のこと。消化を助け、風邪の予防にもなります。

ところで、現代にも伝わる和歌調の「せり、なずな、おぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草」という言い回しはご存知ですか?

この和歌は作者が不明で、江戸時代以前の文献にもいくつか類似の記述は見られますが、七草の種類が少し違っていたり、言い回しが若干異なっていたりするため、この文献が初出という断定はなかなかできません。
現在でも地方によって七草の種類が違っていたり、さらに多くの種類が載っていたり、そもそも七種類も食べなかったりもするようです。例えば雪国では七草がとれないため、セリや干し柿などの縁起がいいものなら何でもいいと書かれている文献もあります。

七草粥の作り方やおすすめのレシピ

せっかくなら当サイトのオリジナルレシピをご紹介!といきたいところですが、当サイトにはまだ七草粥のレシピがないので、私(編集部Ucida)が参考にしたサイトをご紹介させて頂きますね。
実は昨年適当に我流で作ったら、草の苦みというか雑味が気になる仕上がりでした…。
で、今年は↓のレシピで作らせていただいたところ、とても美味しくできました。
別茹でするので、ちょっと手間はかかるのですが、七草が雑味のない仕上がりになってくれるのでおすすめです。

【番外編】ちょっと怖い?七草囃子の話と歌詞の解説

七草囃子
七草粥は、古来の風習では6日の夜から作り始めます。七草のほかに、まな板・火箸・すりこぎ・包丁・しゃくし・薪・菜箸を用意します。
昔の人は、まな板の上で七草を刻みながら「七草囃子」と呼ばれる歌をうたいました。

地方によっていくつか歌詞の違いがありますが、おおよそ次のようなものだったとされています。
「七草なずな、唐土(とんど)の鳥が日本の土地に、渡らぬ先に…」

この言葉を繰り返し唱えるのですが、夜通し唱えるという説や、刻む回数が決まっている説など、各地で諸説あります。
歌詞に出てくる唐土の鳥とは、疫病を運ぶという中国の伝説の鳥らしく、夜通し七草を打つのはこの害鳥を追い払うためで、「渡らぬ先に」食べれば寿命が延びるという説もあったようです。
地域によって解釈や言い伝えも異なるので、気になった方は是非、いろんな人に話を聞いてみてくださいね。

さいごに

そもそもお粥は風邪のときだけでなく、弱った内臓に負担がかからない食事としてもおすすめのものです。エネルギー補給ができ、消化がよく、胃腸にも負担がかからないので、お正月にちょっと食べすぎたなという方は、是非食べてみてくださいね♪


参考資料
鈴木棠三 著「日本年中行事辞典」角川書店, 1977
三隅治雄編著「全国年中行事辞典」東京堂出版, 2007
新谷尚紀 監修「日本のしきたりがわかる本」主婦と生活社, 2008
岡田芳朗, 松井吉昭 著「年中行事読本 : 日本の四季を愉しむ歳時ごよみ」創元社, 2013
「春の七草 ものと人間の文化史 146」(法政大学出版会)
「食べる薬草事典」(農山漁村文化協会)
七草研究会(検索日:2019年1月7日)