左義長・どんど焼きなど小正月の伝統行事の由来や、小豆粥を食べる理由とは

左義長・どんど焼きなど小正月の伝統行事の由来や、小豆粥を食べる理由とは

現代では「小正月」と言われても、何の日なのかピンとこないし、特に何の思い入れも無く過ぎちゃう人も多いかもしれませんね。

でも小正月は全国各地で多くの行事が行われ、古くから日本人の生活と深い関わりのあった日なのです。

今回はそんな小正月の由来や風習、ちょっとマニアックな行事などについて、ご紹介します。

大正月と小正月の違い

旧暦では立春後の満月にあたる15日頃を正月としていた名残で、1月1日を大正月と呼ぶのに対し、1月15日を中心にした数日を小正月と呼びます。
地域によっては、小年(こどし)、二番正月、若年、女正月(おんなしょうがつ)、花正月、返り正月、戻り正月と呼ぶ地方もあります。
大正月が年神様やご先祖様を迎える行事なのに対して、小正月は「豊作祈願」など農業に関連する事を祈願する日であることが多いです。
例えば、鳥追い・どんど焼き・なまはげ(※)などの行事もそうですね。

※秋田県男鹿半島の各地で12月31日(本来は小正月(1月14日または 15日)に行われていた)の夜に行われる行事。2018年には、なまはげを含む日本の来訪神行事10件が「来訪神:仮面・仮装の神々」としてユネスコ無形文化遺産に登録された。
来訪神のなまはげ

花正月という名称と餅花の関係

主に関東地方で用いられる「花正月」と呼ばれる名称。
小正月に餅花(花餅とも呼ばれる)を飾ることに由来していると考えられています。また、餅を飾るのは旧正月が満月で望月(もちづき)とも呼ばれていたこととも関係性があるとする考え方もあります。
餅花とは稲穂をイメージしたヤナギ・ヌルデなどの木に、小さく切った餅や団子をさしたもので、一年の五穀豊穣を祈願する意味が込められています。
関東に限らず、たまに町家風のお店なんかに飾られているのも見かけますが、すごくキレイで風流ですよね。

花正月と餅花
▲先日は100均の造花などでも餅花っぽいものを見かけ、さすがダ〇ソーさん…と思いました。

小正月に小豆粥を食べる地域が多いのはなぜ?

15日の朝、粥を食べる習慣は全国に広く残っており、特に小豆粥にしているところが多いです。関西でも京都を中心に、今でも小正月に食べられています。
小豆は日本で農耕文化が始まったころからある作物の一つで、慶弔時に欠かせない赤飯やあんの原料として等、日本人の生活に深く溶け込んでいる食材です。
その小豆を入れて煮た粥は、普通の白粥と違って赤く染まるので、その色に呪力(じゅりょく)を認め、小正月だけでなく、屋移りや旅立ちに災異除(よ)けとして用いられてきました。

小豆粥はその色から桜粥とも呼ばれ、小正月に食べることで1年の邪気を払うと言われています。豆の数で占いをしたという伝承もありますが、残念ながら占い方については資料が見つかりませんでした。また、毒虫に刺されないとか、これを吹いて食べると稲の開花期に大風が吹くなどという言い伝えがある地域もあります。

言い伝えの真偽はともかくとして、小豆にはビタミン、ミネラルなど豊富な栄養素が含まれているため、現代でも積極的に食べたい食材の一つですね。
小豆粥

成人式はもともと小正月に行われる行事だった?

現代のような成人式が日本で行われるようになったのは、昭和21年に行った埼玉県蕨市が戦後の混乱期に未来を担う青年を励ますため企画した「第1回青年祭」がきっかけだったとされています。この蕨市の青年祭の影響を受けた政府が、昭和23年に1月15日を祝日とし、成人の日に制定しました。蕨市は今でも「成人式発祥の地」と呼ばれ、成人式ではなく「成年式」として実施しています。

当初、成人の日を1月15日に定めたのは、昔から元服の儀を新年最初の満月に行う風習があったことに由来しているという説が有力です。
成人を祝う儀礼は古くからあり、男子には元服・褌祝、女子には裳着・結髪などがありました。行事というよりは、民俗学的には通過儀礼(イニシエーション)と呼ばれるものになります。
2000年に祝日法が改正(通称:ハッピーマンデー法)されたことにより、「成人の日」は1月の第2月曜日に変更になっています。
成人式の由来

左義長(さぎちょう)・どんど焼きなどの行事について

左義長やどんど焼きとは、小正月を中心に行われる火祭りのことです。お正月の松飾りや昨年のお守りやお札などを各家庭から集め、14日の晩方あるいは15日の朝に社寺の境内、道祖神のそばや河原などで焼くのが一般的な方式とされています。
どんど焼きや左義長の起源は、鷺鳥(さぎちょう)という田畑の天敵となる鳥を追い払うための行事として、田んぼの真ん中でやぐらを組み、藁や正月飾りを燃やしたことが起源であるという説や、3本の竹や棒を結わえて三脚に立てたことに由来するなどの説があり、平安時代の文書には「三毬打」または「三毬杖」という表記も見られます。そのほか地域によって、トンド、ドンドンヤキ、サイトウ、ホッケンギョ、鬼火焚きなど色々な呼ばれ方があり、現代も広く行われています。

竹の爆ぜる音には災いを祓う厄除けの効果があるとされ、正月を祝った年神様に帰ってもらうという意味もあるそうです。また地域によっては、どんど焼きの火にあたったり、その火で焼いた餅や昆布を食べると1年元気で過ごせるとされています。

小正月が祝日ではなくなってしまったものの、変わらず1月15日を小正月として行事を行う地域や、1月の第2月曜日の「成人の日」に合わせて小正月の行事を行う地方など、場所によってその対応は異なりますが、日は変わっても、伝統行事が受け継がれているのは素晴らしいことですね。

是非あなたの地元で左義長やどんど焼きなどの火祭が行われていたら、是非参加してみてくださいね。

▲2019年1月13日に取材に行った左義長。年々竹の入手が難しくなり規模が縮小化されているとのこと。

編集後記「故郷の奇祭」

実は筆者(編集部Uchida)の故郷にも、文献などで密かに奇祭扱いされている小正月の行事があります。藁(わら)で作った大蛇を町の北(雌)と南(雄)で一体ずつ作り、子ども達が担いで「蛇の顔見世でーす」と言いながら、各家々を回り、古いお札や正月飾りなどを集めます。そして翌日に大蛇とともにトンドで焼きます。今は田畑など無い地域ですが、昔は北と南の蛇のどちらが大きいかで、その年が豊作かどうかを占ったとか。小さな町ですし、祭りと言うほどの規模でもないのですが、たしかに変わった行事かもしれません。

私自身は「今日、蛇(じゃ)が来る日だよねー」と友人に言って「ナニソレ?」と突っ込まれるまで、全国各地で普通にある年中行事だと思っておりました。司書時代に日本の奇祭という本に記載されていることを知り、そんなにマニアックな祭りだったなんて…とショックを受けたものです。


参考資料
生活ごよみ 正月 講談社 1994
和ごよみと四季の暮らし 新谷尚紀/監修 日本文芸社 2007
日本民族文化体系9、日本大百科全書
日本年中行事辞典 1977
蕨市の成年式(検索日:2019/1/11)